書評について

丸谷才一『いろんな色のインクで』マガジンハウス 2005年刊

あまり人が気がついていない本をパッと選んで、いかにいい本であるかを語る。それはしゃれた藝になるでしょう。

書評家の藝の中の藝は、語り口ですね。ここが面白くないとうまくいかないんですよ。
新聞や週刊誌の書評は敵が多いんですよ。つまり、ほかに読むところがたくさんあって、目移りする。書評家は、政変や殺人や漫画や広告と競争して、さしあたりこの記事を読みつづけさせなくちゃならない。そのためにも、藝、趣向、語り口が大事ですね。殊に最初の何行かは腕の見せどころでしょう。

その親しくて信頼できる関係、それをただ文章でつくる能力があるのが書評の専門家です。その書評家の文章を初めて読むのであっても、おや、この人はいい文章を書く、考え方がしっかりしている、しゃれたことをいう、こういう人のすすめる本ならひとつ読んでみようか、という気にさせる、それがほんものの書評家なんですね。

「あまり人が気がついていない本」を取り上げようと思っているのだけれど、それさえなかなか……。「これ、ほかの書評じゃ取り上げないだろう」と思っていたのに、原稿を書き上げた途端、その本の書評が新聞や雑誌に掲載され……。